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milestone ブログ

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イン ワンダーランド -5

~お茶会前~

長いこと私は渦に巻き込まれていた。光が見える。私は光に吸い込まれるように落ちていった。
その世界は木々に覆われていた。一瞬満開の桜が咲いているのかと思った。桜並木の真ん中で目を醒ましたと。ただ、桜じゃないってすぐにわかる。花びらがピンクじゃなく、淡い青色だからだ。でも、キレイだった。
優しく風がふく。舞い散る花びらは青色。私は見慣れないこの光景に心を奪われそうになった。そういえば、この世界に来る前も桜が咲きかけていたな。私はふと思った。風が肌寒い。
私はその時に気がついたんだ。フードを被っていない。そう、チェシャがいないんだ。

「チェシャ?」

私は声にしてみた。でも、返事はなかった。周りをみてもチェシャはいなかった。遠くに人影がみえる。私はその人影に向かって歩いていった。

歩きながら私は思っていた。ダイアの世界のことを。あの終わりの始まりの塔で何が起きたのか。私は多分どこかの世界に引き寄せられた。しかも、私だけ。右目のチェシャも左目のチェシャもいない。二人とも私をいつも守っていてくれた。チェシャがいないだけで私は不安になっていた。

人影が見えてきた。初老の男性。白いヒゲ、頭に金の王冠、赤いマント、そして、杖。
私は気がついた。この人がキングだ。私はキングに話しかけた。

「はじめまして、キング」

キングはゆっくりとこっちを振り向いて話し出した。

「ようこそ、キングの庭園に。アリス。でも、まだお茶会には早すぎるよ。ジャックもクイーンもジョーカーもシロウサギさえもまだ来てないんだからな」

そう言ってキングは指差した。そこには桜並木には不釣合いに絨毯が引かれてテーブルとイスが用意されていた。青い花びらが舞って幻想的だ。私は聞いてみた。

「いつお茶会は始まるんですか?」

すでに用意が出来ているように感じていた。後は人が来るだけでお茶会になりそうな感じがした。キングは不思議そうに私を見て話して来た。

「アリスがまだ誰も連れてきていないから始まらないんだよ。今回のアリスは今までと何もかもが違う。一番にこのお茶会にアリスが来るし、わしのかわいいチェシャは傷だらけになって帰ってくるし」

チェシャがいる。私はキングの話しは意味がわからなかったけれど、チェシャがいることに反応してしまった。私はキングに聞いた。

「チェシャはどこにいるんですか?」

キングはため息をついてこう言って来た。

「アリスはチェシャにことにしか興味がないんだな。チェシャはこの中におるわ」

キングは腰にかけていた巾着を出してきた。その中を覗き込んだ。そこには巫女のカッコをした左目のチェシャがいた。目を閉じて眠っている。私は不安になった。キングが話す。

「チェシャは傷つきすぎた。傷がいえればこの中から出てくるだろう。大丈夫だ。死んではおらぬ」

私はその言葉に安心した。そして、更にキングに聞いた。

「右目のチェシャはどこにいるんですか?」

私はこの巾着の中にいたのが左目のチェシャだけだから気になっていた。キングは
「ここにはおらぬ」としか言わなかった。私は悩んだ末キングに言った。

「私をダイアの世界に戻してください」

キングは目を細めて言って来た。

「確かに、今のアリスはまだ不完全だ。このキングの庭園から外に出そう。けれど、ダイアの世界には簡単に行けんぞ。それにチェシャの居ない旅になる。それでもよいのか?」

私にはキングの言っている意味が解らなかった。その時、あまたの中に声が聞こえた。声はチェシャの声だった。

「傍にいなくても、心はいつも傍にいるから」

その言葉が嬉しかった。私はその言葉を受けながらコクリと頷いた。キングは懐から銀の懐中時計を取り出した。

「では、アリスをもう一度『ワンダーランド』に送り出そう。ただし、今度は時間が限られている。この時計が12時を指すまでにこのキングの庭園に戻ってくること。戻ってこられない時は全ての『ワンダーランド』が跡形もなく消えてしまう。もちろん、その中にいるアリス、君もね」

そう言って、キングは銀の懐中時計を渡してくれた。時刻は3時を指していた。
12時まで後9時間。私は懐中時計を大事に握り締めた。キングが話す。

「では、アリスをもう一度『ワンダーランド』に」

そう言った瞬間、私の足元が黒く渦巻いてきた。落ちていく感覚。私はその渦に吸い込まれていった。


どこからか声がする。

「先生、先生」

子供の声だ。私はゆっくりと目を開けた。森の中にいた。緑がきれいだった。
誰かが走ってくる。私はゆっくりと体を起こした。少しパーマがかかったショートヘアの可愛らしい女性がやってきた。ピンクのエプロンをしている。ピンクのエプロンの彼女が話して来た。

「お久しぶり、アリス」

私は朦朧としながら話した。

「お久しぶり、リリィ」

はっきりする意識の中でここがクラブの世界だということがわかった。ピンクのエプロンの彼女、リリィに連れられて私はあのピンクの小屋にやってきた。

「はい、今日のお昼はこちょぱんですよ~」

リリィが話す。子供たちが笑っている。

「リリィ先生、チョコパンだよ。チョコのついたパン」

キトが話していた。私はその風景をにこやかに見ながら、一人子供が増えていることに気がついた。その子供は窓の外を見ていた。黒い髪だけが見えていた男の子だった。
私はその男の子に近づいた。

「ねえ、僕どうしたの?」

私は声をかけてびっくりした。そこにいたのは、ダイアの世界にいたはずのジャックの心だった。そう、あの黒髪の男の子がそこにいたからだ。リリィが近くにきて囁いてきた。

「アリスにその子の面倒みてもらっていいかしら?つい最近ここに来た子なんだかれど、いつも難しいことを聞いてくるの。まるで子供じゃないみたいなの」

私はリリィに向かって軽く頷いてジャックの横に座った。ジャックは話して来た。

「ねえ、アリス。僕らは何のために生きているんだろう。だって、消え行くことが決まっているのに」

ジャックの苦悩は前と変わらなかった。
私は答える。

「何のために生きているかなんて、わかっている人なんていないと思うわ。でも、生きる意味は解らないかもだけれど、死ぬ意味も解らないんだもの。だから私は生きるほうを選ぶかな。生きていれば誰かの記憶に残れるもの」

私の答えにジャックはまだ考えていた。ジャックは話し出す。

「今回は何もかもが違っている。僕らは何度も同じようなことをして、そして消えていく。渦に巻き込まれていってね。でも、今回のアリスは早い段階で僕に会いに来た。いつもならあの後はキングのお茶会に呼ばれているはずだ。なのに、今回は今まで来た事もないクラブの世界に来た。一体アリスは、いや、君は何をしてこの世界の流れを変えたんだ?」

私には解らないことをジャックは言う。キングも同じようなことを言っていた。わからない。私は首を横にふることしか出来なかった。ジャックは悩んでいた。私も悩んでいた。頭の中に声が響いた。前にも聞いたあの声だ。チェシャの声じゃない。あの声。声はこう伝えてきた。

「この世界はアリスのものだ。でも、アリスだけのものでもない」

私には良くわからなかった。私はジャックに聞いてみた。

「ねえ、ジャックはスペードの世界にいるはずなのに、どうしてダイアの世界にいたの?一体誰がこの『ワンダーランド』を歪ませているの?」

ジャックがびっくりした顔で私を見る。そして話して来た。

「まだ、アリスは『彼女』に会っていないんだね。ということはひょっとしたら今回のアリスは僕らが望んでいたことをしてくれたのかもしれない」

ジャックはそう言って笑顔になった。私には意味が解らなかった。ジャックは続けて話してきた。

「僕らが望んだことは、この終わらない『ワンダーランド』を終わらせることなんだ。同じことの繰り返しばかりじゃ耐えられない。何度目の自分なのかもわからないからね。でも、これだけ予定調和から外れたことなんて今までなかったんだ。アリス。僕と一緒に『終わりの始まりの塔』に行ってくれないか?」

私は『終わりの始まりの塔』がどういう意味かこの時わかっていなかった。けれど、ダイアの世界にもし右目のチェシャがいるのならばそこに行けばまた会えるのかも知れない。私はコクリとジャックに頷いた。私はリリィに向かって話した。

「今から『終わりの始まりの塔』に行ってくる。この子、ジャックと」

そう言った時、リリィは悲しい表情をした。リリィは話して来た。

「大丈夫、今のアリスで。不安だよ。私から渡せるものはこれくらいしかないから」

そう言って、壁にあったポシェットを渡してくれた。キトがてけてけって私のところに来た。キトが満面の笑みで話して来た。

「アリスお姉ちゃん。これあげり」

そう言ってキトは果物ナイフを渡してくれた。私はこの果物ナイフを見て、そういえばチェシャが最初に私を守るって言って形になったのもこれくらいのナイフだったと思い出した。
チェシャ。
私一人じゃないんだね。私は少し笑顔になって、歩き出した。そう、『終わりの始まりの塔』に。


クラブの世界をかなり歩いたところにその塔は、『終わりの始まりの塔』はあった。あのダイアの世界で見た塔と同じ。正面は鍵がかかっていた。ただ、違うのは静か過ぎること。私はジャックに聞いた。

「ねえ、あのダイアの世界ではいっぱいトランプ兵が出てきて騒然としていたのに、どうして今は静かなの」

私は周りを見てトランプ兵もチェシャもいないことに不安を覚えた。ジャックは静かに話す。

「『終わりの始まりの塔』は全ての世界にあるんだよ。そして、その頂上にはゲートがある。違う世界に通じるね。そのゲートを移動することが出来るのは『アリス』君と後2人だけなんだ。ただ、『アリス』と一緒にゲートをくぐれば違う世界にだっていける。『アリス』が望む世界にだっていけるかも知れない。何を望むのかは知らないけれどね」

ジャックの話しを聞きながら私はチェシャに会いたいという思いが強いって思っていた。でも、私が望む世界って一体。考えても始まらない。私はジャックと共に扉の前に立った。やはり鍵がかかっている。押しても引いても動いてくれない。ジャックが話し出してきた。

「『アリス』この塔には鍵なんて実はかかっていないんだよ。けれど、誰もそのナゾが解けないんだ。中からは簡単に開けられるのに、外からは開けることが出来ない。不思議な扉なんだ。でも、『アリス』だったら開けられる気がするんだ。いや、この扉を開けることすら出来ない『アリス』ならば僕らの希望にはなってくれそうもないからね」

そう言って、ジャックはどこからか笛を取り出した。この笛が操るのはあの『黒い戦士』
チェシャの助けもなく、戦えるの武器といえばこの果物ナイフのみ。こんな状態であの『黒の戦士』と戦えるわけがない。私は考えていた。鍵がかかっていないのに開けることの出来ない扉。でも、中からは開けることが出来る。どこからか声が聞こえてきた。チェシャの声だ。すごく小さい。私は耳を澄まして聞いた。

「僕らの『アリス』良く思い出して欲しい。ダイアの世界で僕らが見たものを」

私はその声を聞きながら塔の周りをまわった。前は塔の奥にある窓から出ているロープがあった。登りきる時に扉が開いてトランプ兵が出てきたんだ。どこから。扉からなのに、この場所には扉なんてない。だって、扉から離れた所に窓があるんだから。でも、トランプ兵は出てきた。扉なんてここにはないのに。チェシャの声がかすかに聞こえる。

「目で見えるものが全てじゃない。アリスが感じたことがこの世界では『真実』だから」

私はその言葉でようやく解った。ジャックを呼ぶ。この窓の近くの壁に。

「ジャック、こっちに来て」

私はそう言って、壁に手をかけて、引っ張った。力いっぱい。その時、壁が動いて扉になった。

「行きましょう」

私はジャックを誘った。目で見ていた扉は壁に描かれて取っ手がついていただけ。
本当の扉は壁と同化していたから気がつかなかっただけ。だから中からは簡単に外に出られる。
でも、外に見える扉からは中に入れない。私はくすっと笑ってみた。右目のチェシャがあの時、あのダイアの世界で私を受け止めるためにしたにいてくれたから。左目のチェシャが私に気づきを与えてくれたから。傍にいなくてもチェシャを感じられるよ。私は一歩一歩、この『終わりの始まりの塔』の階段を登りながら感じていた。「ありがとう」って。

頂上に出るための部屋についた。ダイアの世界ではここにジャックと『黒の戦士』が居た。
私はゆっくりと扉を開ける。ギシギシと音を立てながら開いたその先に黒く渦巻く塊が居た。ジャックが叫ぶ。

「最悪だ。ジョーカーがなんでここに」

そう言ったその瞬間、その黒い渦巻くものは形になっていく。白い笑った顔の仮面、霧状の体、そして、大きな鎌が出てきた。風が動いた。その瞬間、ジャックは飛ばされていった。塔の下に下に。
声がする。ジョーカーの声だ。

「他人に気を取られていられるほどのゆとりがあるのかな。僕らの『アリス』」

私は不安になりながら手に果物ナイフを握り締めた。ジョーカーの手が動く。風が来る。私は右前に転がってその風をよけた。その瞬間に頭の上を風が動く。私は本能で頭を下げた。私の頭の上を大鎌が通りすぎた。
声がする。

「いい『イメージ』だね。僕らの『アリス』でも、どこまでそれで戦えるのかな」

その声に私自身も不安になった。頭の中がまとまらない。逃げなきゃ。でも、どこに。私はこの部屋の上。そう、あの黒く渦巻く空が見える屋上に向かう階段を探した。階段を見る。
その視界にジョーカーが立ちふさがる。ジョーカーは左手で風の渦を作り出した。渦はどんどん大きくなる。気がついたら渦はジョーカーと同じ大きさになっていた。
風の渦が左からやってくる。右からはジョーカーが鎌を振りかざしてやってくる。
はさまれた。私は深呼吸をして果物ナイフを手にジョーカーの方を向いた。背後から風の渦が来るのが解る。ものすごい音だ。心臓がバクバクしている。ジョーカーが振りかざす大鎌の動きを見る。攻撃が大きいからこそ、近くに入れば隙が出来る。私は振りかざされる鎌に向かってあたらないように突っ込んだ。するりと交わせた。今ジョーカーの目の前には私が引き寄せていた大きな風の渦がある。私は果物ナイフを構えてジョーカーに体当たりした。これしか思いつかなかった。私はジョーカーとともに風の渦に吹き飛ばされた。

壁に打ち付けられた。柱には女神像がかたどられている。手に剣と盾を持っていた。なぜだかこんな時なのにその女神像だけは目に止まった。私は体を起こした。足元にジョーカーの大鎌がある。私は大鎌を手に取った。重い。その時声がした。ジョーカーだ。

「私のデスサイズは意思がある。『アリス』を主とは認めなかったみたいだね」

ジョーカーの笑い声が聞こえた。大鎌の刃先がぐにゃりと曲がって私めがけて襲い掛かってきた。避けきれない。私は目を閉じた。鈍い音がした。金属と金属がぶつかる音だ。目を開けると盾が私を守っていた。一瞬チェシャが助けてくれたと思った。けれど、チェシャの盾じゃない。そう、さっき目に入った女神の像についていた盾だった。

「豊穣の盾だ。クラブの世界が『アリス』を認めたんだよ」

扉近くから声がした。そこにはボロボロになったジャックがいた。私はその豊穣の盾を身に着けた。表面はまるで鏡のように磨き上げられていた。私はその磨かれた鏡越しにジョーカーを見た。けれど、そこに映っていたのは白い仮面の黒い霧の体ではなかった。前にジョーカーの仮面がずれた時に見えたあの子。理知的な顔をした女性、そうその女性が泣いている姿が映っていた。頭の中に声が響く。チェシャだ。チェシャはこう言って来た。

「ジョーカーは何にでもなれるんだ。ワイルドカードだからね。持つ人が恐怖を願えば死神にもなるし、愛を思えば女神にもなる。僕らの『アリス』はもう気がついたんじゃないのかな」

私はジョーカーを見た。大きな鎌を振りかざして私に向かってくる。これは私が生み出した恐怖なのかも知れない。豊穣の盾に映る彼女は泣いていた。私は鎌を振りかざされる前にジョーカーに駆け寄り抱きしめた。そして、こう伝えた。

「大丈夫、もう泣かないで」

ジョーカーの白い仮面にヒビが入り落ちていく。霧のような黒い体はどんどん形になっていって、鏡に映っていた女性になっていく。女性はこう言って来た。

「あは、ようやく『アリス』が私に気がついてくれたね」

私はその女性の笑顔を見てこう伝えた。

「お待たせ、ジョーカー」

なんだか背後にある女神の像が笑いかけている気がした。

私とジャック、そしてジョーカーはクラブの世界の『終わりの始まりの塔』の頂上に上った。
ジョーカーがいう。

「『アリス』私は一足先にキングの庭園に行っているね」

そう言ってジョーカーは空の渦に吸い込まれていった。ジャックがいう。

「クラブの世界に認められた『アリス』次はスペードの世界で会おう。どんな世界になっているのかもう予想もつかないけれど、『アリス』ならば再び私を連れ出してくれると信じているよ」

ジャックもそう言って渦の中に吸い込まれていった。

私も空を見る。黒く渦巻いている。チェシャ。待っていてね。私はチェシャと会える事を願いながら渦の中に飛び込んだ。

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